サルブン   2005+4

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気が付いたら一ヶ月経ってるという有様。
光陰は矢のごとしだなあ。
いろいろやってるが
そのどれも終わってないようなかんじの中、時間だけが疾い。
焦ってもしかたないので目の前のモノをいっこづつ片付けてるのだが
亀の歩みのようでごんす。

こんな時ココロの余裕をもたないと!というわけで
麻婆豆腐をひさしぶりに作ってみたりした。
材料買いに行く時間がなさそうだったので前日に西友のネットストアに注文しておいた。
すると翌日の昼過ぎに品物が届くというすばらしさ。
とおもったがやっぱり食材は自分で選ばないと腑に落ちない所があったり
普段はもらわないビニール袋を大量消費(いちいち品物がこまかく袋にわけてある)するので
もう使わないことにした。
んで作った麻婆豆腐はまあうまかった。
丁度原稿を担当が原稿を取りに来てくれたのでむりやり喰わせてみたりした。

たまたま両親に勘三郎の襲名をおごってあげようと呼んでみたら
自分の〆切がかさなりすぎててぜんぜんかまえず悪いことした。
それにしても玉三郎はやっぱりすごい。
そして勘三郎がひょうきんを演じてるときは藤山寛美に見える。

そしてペースは落ちたけども善福寺川遊歩道を高速散歩に行く。
夜桜が、もう、ほんとに。

そんでもって食事に気を遣ってこの2ヶ月で3キロ絞れた。
はけなくなっていたパンツがはけた。
この調子で夏までにあと4キロ絞ってみたい。

キーボードをappleのbluetoothワイヤレスに換えてみた。
ケーブルが一本、目の前から消えるだけでどうしてこんなに自由に感じるのか
不思議。
以前ディスプレイをブラウン管から液晶に換えたとき
おなじような感覚で、気持ちがえらく軽くなった。
対峙して見てるぶんには奥行きはわからないはずなので
それは人間が脳のどこかで質量の大きさを感じてるからなんでしょーかね。
あるいは単純に大きいモノがなくなったコトを「知ってる」という事実だけで
脳がかろやかになっているのか。
そこんとこ不思議。

バランスボールを買ってしばらく経つ。
腰痛を得てから体幹を意識して日常を過ごすようになった。
腰まわりと背骨に沿った筋肉。
バランスボールはその意識を発達させるのに役に立つ。
座っているだけでバランスを知らずカラダが取ろうとして体幹の筋肉を意識させてくれる。
併せてケトルベルというロシア由来のダンベルを使って
かるく筋肉を回す。
文字通りヤカンのようなカタチをしたダンベルで
普通のダンベルとちがって重量が手の外にあり、しかも可動するので
いろんな筋肉が動く。
体幹のトレーニングにもなるんですよ、と知人にも勧められて
まねっこのようなもんだけど軽く重りを振り回しているのだった。
そのせいかどうか、ここのところ腰が安定してきた感覚がある。
ウォーキングの時にそれがわかる。
脚を送り出すのが若干スムースになった。
体幹自体を横滑りさせるようなイメージで歩ける。
40を越えて自分のカラダが中までイメージできるようになった。
若いと見えないモノがたくさんあるけど
カラダの中もそうだったのだった。

生ぬるいとはいえだらだらとトレーニングめいたことを続けているのは
カラダをなるべく維持していきたいからです。
なるべくイメージした動きをトレースできるカラダでありたい。
それはイメージした線を右手でトレースできるようにしておく為でもあり
すべては絵を描くために生活がつながっていくといいと思っているのであった。
不健康では不摂生もできないんである。



symmetry